「総務のDXを進めたいけれど、何から手をつければいいのか分からない」。少人数で総務を回している栃木県内の企業から、こうした声をよく耳にします。経理や営業のように分かりやすい指標がない分、総務の業務は「とりあえず人が捌く」状態のまま残りがちです。
結論から言えば、総務DXは「社内問い合わせ対応」から始めるのが現実的です。就業規則や経費精算のルール、備品の場所といった「人に聞けば分かるが、毎回聞かれると手が止まる」業務をAIに任せることで、少人数の総務でも本来の業務に集中できるようになります。本記事では、世界・日本の事例を踏まえながら、総務DXをどの順番で、どう進めればよいかを具体的に解説します。
総務DXで最初に見直すべき業務
総務の仕事は幅広く、社内問い合わせ対応、規程・文書管理、備品・消耗品の管理、契約書や稟議の管理、福利厚生、各種申請の受付など多岐にわたります。すべてを一度にデジタル化しようとすると、現場が混乱して頓挫しがちです。まずは「効果が出やすく、失敗してもダメージが小さい業務」から手をつけるのが定石です。
その筆頭が社内問い合わせ対応です。背景には、総務に問い合わせが集中している実態があります。株式会社Helpfeelが2022年に従業員2,000人以上の企業に勤める正社員400名に行った調査では、業務中に社内情報(制度やルールを含む)を調べている時間は1日あたり平均1時間5分にのぼり、自分で解決できていない人は約77%という結果でした。分からないことがあると約7割の人が上司や同僚に聞いており、その問い合わせの多くが総務に向かっています。
「月刊総務」の調査でも、デジタル化したい業務として約2割の企業が「社内問い合わせ対応」を挙げています。つまり、総務DXの入口として社内問い合わせ対応を選ぶことは、多くの企業が感じている課題と一致しているのです。
見直す順番の目安は次のとおりです。
- 社内問い合わせ対応(同じ質問が繰り返される領域。効果が出やすい)
- 規程・マニュアルの検索性(問い合わせ対応の土台になる)
- 備品・契約書・稟議の管理(紙やExcelからの脱却)
この順番には理由があります。社内問い合わせをAIに任せるには、AIが参照する「規程やマニュアル」が整っている必要があるため、1と2は表裏一体です。3は土台が整ってから取り組むと無理がありません。
社内問い合わせ対応をAIで標準化する
社内問い合わせ対応のAI化とは、就業規則・経費精算・各種申請といった「よくある質問」に、AIが社内文書を根拠に自動で答える仕組みをつくることです。近年主流になっているのは、自社の文書を読み込ませ、その内容に基づいて回答を生成するRAG(検索拡張生成)型と呼ばれる方式です。あらかじめ用意した一問一答だけでなく、社内に散在するマニュアルを横断して自然な日本語で答えられるのが特徴です。
実際の効果を示す事例があります。クラウド人事労務ソフトを提供するSmartHRは、2025年8月から約1か月間、自社の従業員約1,500名を対象にRAG型のAIアシスタントの実証実験を行いました。人事・労務関連の文書86件から始め、経理・情シス関連を加えて200件以上を読み込ませた結果、問い合わせは全体で約10%、総務・情シスに関しては約20%削減され、回答成功率は82%を維持したと報告しています。
大企業の事例では効果はさらに大きく、ある鉄道事業者はリコーのチャットボット導入により、わずか3か月でヘルプデスク業務を約30%効率化したとされています。これらに共通するのは、「全社の業務を一気に変える」のではなく、問い合わせが集中する一部の領域から始めている点です。
進め方の手順
- よくある質問を洗い出す — 直近1〜2か月で総務に来た問い合わせを書き出し、多い順に並べます。上位2〜3割の質問が、全体の問い合わせの大半を占めることがほとんどです。
- 回答の根拠となる文書を整える — 就業規則、経費精算ルール、申請手順などを、最新版に更新して一か所にまとめます。
- 小さく試す — まずは「経費精算」「休暇申請」など範囲を絞ってAIに回答させ、社内の数名で精度を確かめます。
- 窓口を一本化する — チャットツール(Slack・Teams・LINE WORKSなど)から質問できるようにし、「まずAIに聞く」習慣をつくります。
- 答えられなかった質問を記録する — AIが答えられなかった質問は、文書を追記する材料になります。SmartHRの事例でも文書を86件から200件超へ増やしており、運用しながら育てる姿勢が成果につながります。
ツールは大がかりなシステムを最初から導入する必要はありません。すでにMicrosoft 365を使っている企業であれば、Copilot Studioを使い、SharePointに置いた就業規則や経費精算マニュアルを参照先に指定して、質問に答えるエージェントを作る、といった始め方も可能です。
就業規則・社内規程の検索性を高める
社内問い合わせがなくならない根本原因の一つは、「規程はあるが、必要なときに見つからない」ことです。AIに答えさせるにせよ、まず人間が探せる状態に整えることが出発点になります。実は、この「整理」こそが総務DXの本丸です。
規程・文書の整備で押さえたいポイントは次のとおりです。
- 最新版を一か所に集約する — 「どれが最新か分からない」状態をなくします。旧版は別フォルダに退避し、現行版だけを参照対象にします。
- 検索しやすい形式にそろえる — 紙やスキャン画像のままだとAIも人も検索できません。テキストとして読める形式(WordやPDFなど)に統一します。
- 見出し・用語をそろえる — 「有給」「年休」「年次有給休暇」のような表記ゆれは検索性を下げます。呼び方を統一しておくと、AIの回答精度も上がります。
- 更新日と担当を明記する — いつ・誰が更新したかを記録し、改定のたびに見直す運用にします。
ここまで整えば、規程に関する問い合わせの多くは、AIが社内文書を根拠に回答できるようになります。逆に言えば、文書が散らかったままAIだけ導入しても、十分な効果は得られません。AI導入の前段にある「文書の棚卸し」を軽視しないことが、総務DX成功の分かれ目になります。
備品・契約書・稟議の管理をデジタル化する
社内問い合わせと規程管理が一段落したら、次は備品・契約書・稟議といった「モノと手続き」の管理に進みます。紙やExcelでの管理が残っていると、探す・転記する・確認するといった手間が積み重なり、属人化の温床になります。
ワークフロー総研の調査では、バックオフィス担当者の8割以上が「業務負担が軽減されていない」と回答し、その理由として6割が「システム連携ができていない」、約5割が「業務が属人化しているから」を挙げています。ツールを入れても効果が出ない背景には、こうした「つながっていない・人に依存している」状態があります。
デジタル化の方向性は次のように整理できます。
| 対象 | よくある課題 | デジタル化の方向性 |
|---|---|---|
| 備品・消耗品 | 在庫が分からず重複発注・欠品が起きる | 一覧をクラウドで共有し、発注点を決めて補充を仕組み化 |
| 契約書 | 更新期限を見落とす/原本が見つからない | 台帳化して期限を管理。更新前に自動で通知 |
| 稟議・申請 | 紙が回らず承認が滞る | ワークフローツールで申請・承認・記録を電子化 |
ここでAIは「主役」ではなく「補助役」です。たとえば契約書の要点(契約期間・更新条件・解約予告期間など)をAIに要約させて台帳作成の下書きにする、稟議の文面のたたき台を作らせる、といった使い方が現実的です。台帳そのものを整えるのは人とツールの仕事で、AIはその手間を軽くする位置づけと考えると、導入の優先順位を見誤りません。
世界の社内ナレッジAI活用事例
「社内の知識をAIに答えさせる」取り組みは、世界の大企業でも実用段階に入っています。代表的なのが米金融大手モルガン・スタンレーです。同社はOpenAIの技術を使い、約10万件の社内リサーチレポートや文書から、社内コンテンツのみを根拠に回答するアシスタントを構築しました。同社の発表によれば、アドバイザーチームの98%超がこの社内アシスタントを利用しているとされています。導入にあたっては、入力データが学習に使われない(ゼロデータ保持)設定で、自社の機密情報が外部に残らないよう配慮している点が重要です。
製造・消費財などの分野でも、RAGを使った社内向けAIアシスタントの導入が進んでいます。ある消費財企業の事例では、従業員が必要な技術文書を見つけるまでの平均時間が30分から5分へと短縮されたと報告されています。この事例で特徴的なのは、シングルサインオン(SSO)による文書単位のアクセス制御を備え、「誰が・いつ・どの文書を参照し・どんな回答を得たか」をすべて記録している点です。
これら海外事例から、日本の中小企業が学べる共通点は3つあります。
- 回答の範囲を社内文書に限定する — 一般的な知識ではなく、自社の規程・資料だけを根拠に答えさせることで、的外れな回答を減らせます。
- アクセス権限を分ける — 全員が全文書を見られる必要はありません。役職や部門に応じて参照範囲を制御します。
- 利用を記録する — 誰がどう使ったかを残すことで、情報管理と改善の両方に役立てられます。
規模は違っても、考え方はそのまま中小企業の総務DXに応用できます。
栃木県企業で導入しやすい運用設計
栃木県は、総務DXに取り組む余地が大きい地域です。帝国データバンクが2022年に行った調査では、栃木県内でDXに取り組んでいる企業の割合は13.4%で、全国平均の15.7%を下回っていました。裏を返せば、社内問い合わせ対応や文書管理といった「足元の総務DX」に着手するだけで、地域内では一歩先に出やすい環境とも言えます。
宇都宮市をはじめとする栃木県内の企業は、総務を専任1〜2名、あるいは経理や人事と兼任で回しているケースが多く見られます。少人数だからこそ、問い合わせ対応に時間を取られると本来の業務が圧迫されます。無理なく始めるための運用設計を、3か月の流れで示します。
- 1か月目:棚卸しと範囲の決定 — 直近の問い合わせを書き出し、「経費精算」「休暇申請」など最初に対象とする2〜3テーマを決めます。根拠となる規程・マニュアルを最新版に整えます。
- 2か月目:小さく試す — 決めた範囲でAIに回答させ、総務メンバーと一部の社員で精度を確認します。答えられない質問はメモし、文書を追記します。
- 3か月目:窓口を一本化して広げる — 普段使うチャットツールから質問できるようにし、対象テーマを少しずつ増やします。月1回、問い合わせ件数の変化を振り返ります。
進めるうえで意識したいのは、「効果を数で見える化する」ことです。導入前後で総務への問い合わせ件数や対応時間を記録しておくと、社内の納得感が得られ、次の改善にもつなげやすくなります。少人数の企業ほど、一つの業務で時間が生まれれば、その効果は全体に波及します。
地域での相談先としては、2021年に開設され、県内企業へのAIの普及啓発や人材育成に取り組む「とちぎビジネスAIセンター」のような公的窓口があります。まず情報収集や方向性の相談に活用し、実際の文書整備や運用づくりは社内、または外部の支援を組み合わせて進めると、無理のない体制を築きやすくなります。
個人情報・機密情報を扱う際の注意点
総務は、就業規則だけでなく、従業員の個人情報や取引先の機密情報を扱う部門です。AIを導入する際は、利便性と同じくらい情報管理に注意を払う必要があります。
個人情報保護委員会は2023年6月2日に「生成AIサービスの利用に関する注意喚起等について」を公表し、個人情報取扱事業者が生成AIにプロンプトとして個人情報を入力する場合は、それが利用目的の達成に必要な範囲内かを十分に確認するよう求めています。また、総務省・経済産業省は「AI事業者ガイドライン(第1.1版・2025年3月公表)」を整備しており、AIを利用する事業者が守るべき考え方の参考になります。これらの公的な指針は最新版を確認したうえで、自社のルールづくりに反映することをおすすめします。
実務で最低限押さえたいルールは次のとおりです。
- 入力してよい情報と禁止する情報を決める — 従業員の個人情報、人事評価、取引先の未公開情報などは、安易に入力しないルールを明文化します。
- 業務利用に適したプランを選ぶ — 入力データが学習に使われない設定や、管理機能を備えた法人向けプランを選びます。
- 参照範囲とアクセス権限を分ける — 全員が全文書を見られる状態にせず、役職・部門に応じて参照できる範囲を制御します。
- AIの回答は人が確認する — 規程の解釈や個人に関わる判断は、最終的に人が確認してから使います。
- 利用ログを残す — 誰がどう使ったかを記録できる仕組みにしておくと、万一のときに状況を追えます。
難しいルールを最初から完璧に作る必要はありません。A4一枚の「入力してよい・いけない情報」一覧から始め、運用しながら見直していけば十分です。なお、こうしたツール導入や仕組みづくりの費用は、2026年度に「IT導入補助金」から名称が変わった「デジタル化・AI導入補助金」など、生成AIを含むツールを対象とする制度の活用を検討できる場合があります。補助率や対象、公募時期は年度ごとに変わるため、申請前に必ず公募要領で最新情報を確認してください。
総務DXは「小さく始めて、育てる」
総務DXは、社内問い合わせ対応という最も効果の出やすい業務から始め、規程の整理、備品・契約・稟議の管理へと段階的に広げるのが王道です。世界の大企業も日本の中小企業も、成功している取り組みに共通するのは「全社を一気に変えない」「社内文書を根拠にする」「使いながら育てる」という姿勢です。
少人数の総務でできる第一歩は、特別なものではありません。直近の問い合わせを書き出し、根拠となる規程を最新版に整え、まずは一つのテーマで試してみる。それだけで、総務に集中していた問い合わせは目に見えて軽くなっていきます。栃木県内ではDXに着手している企業がまだ多くない今だからこそ、足元の業務を整えることが、働きやすさと競争力の両面で効いてきます。
私たちエンジェルホールディングスは、宇都宮を拠点に、自社の飲食事業での実務改善を通じて得た知見をもとに、栃木県内企業の業務改善とAI活用に伴走しています。「どの業務から始めるべきか」「自社の文書をどう整えればよいか」といった段階から、お気軽にお問い合わせください。
よくある質問
総務DXは何から始めればよいですか?
「社内問い合わせ対応」から始めるのが現実的です。就業規則や経費精算など、同じ質問が繰り返される領域は効果が出やすく、失敗してもダメージが小さいためです。次に規程・マニュアルの整理、その後に備品・契約書・稟議の管理へ広げる順番がおすすめです。
社内問い合わせ対応にAIを使うと、どのくらい効果がありますか?
取り組み方や対象範囲によりますが、国内の事例では一定の削減効果が報告されています。たとえばSmartHRの約1か月の実証実験では、総務・情シスへの問い合わせが約20%減ったとされ、ある鉄道事業者ではヘルプデスク業務を3か月で約30%効率化したとされています。まずは範囲を絞って導入し、自社で効果を測ることが大切です。
専用システムを導入しないと総務DXはできませんか?
必ずしも大がかりなシステムは必要ありません。すでにMicrosoft 365などを使っている場合は、就業規則や各種マニュアルを参照先に指定して質問に答えるAIエージェントを作る、といった始め方も可能です。まずは手元のツールでできる範囲から試すとよいでしょう。
就業規則などの文書はどう整えればAIで使えますか?
最新版を一か所に集約し、テキストとして読める形式(WordやPDFなど)にそろえることが基本です。「有給」「年休」のような表記ゆれを統一し、更新日と担当を明記しておくと、人もAIも探しやすくなり、回答精度も上がります。紙やスキャン画像のままでは検索が難しいため、形式の統一が出発点になります。
AIに個人情報や機密情報を入力しても大丈夫ですか?
従業員の個人情報や取引先の未公開情報などは、安易に入力しないルールを定めることが重要です。個人情報保護委員会も、生成AIに個人情報を入力する際は利用目的に照らして必要な範囲かを確認するよう求めています。入力データが学習に使われない設定の法人向けプランを選び、参照権限を分け、利用ログを残す運用を整えましょう。
栃木県の中小企業でも総務DXは進められますか?
進められます。栃木県はDXに取り組む企業の割合が全国平均をやや下回るとされ、足元の総務業務を整えるだけでも地域内では先行しやすい状況です。少人数の総務でも、問い合わせの棚卸しと文書整備から3か月単位で着実に進められます。情報収集には「とちぎビジネスAIセンター」などの公的窓口も活用できます。
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